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4月15日(前震の翌日)

今まで大きな災害で被害に遭われた方などは、読みたくない事もあるかと思います。

辛い事を思い出してしまう事もあるかもしれませんので、不安な方は以降読まれないことをお薦めします。

前震の翌日。
益城の祖母宅に物資を届けるために食料を買い、車に積み込みました。
リクエストがあった物。
●パン
●カップ麺
●カップご飯(レンジが使えないので、お湯だけ入れて食べれるお茶漬けやドリア等)
●紙皿
●紙コップ
●割りばし

幸いにも水は近くのお家で外に井戸水を出せるところがあり、ご自由にどうぞとの事だったので、そちらにもらいに行けるとの事でした。

これらの物を積み込みをしていると、イベントの主催者の方から連絡があり、『本日17時まで荷物を出せます。間に合わなければ明日以降に』との事だったので、間に合うかわからないけど、益城に行くことは決めていたので、行きますとの返事をし、グランメッセに向かいました。
途中の道は信号もついていませんが、皆さん一台ずつ交代に通るという譲り合い精神で交差点を通過し、通りたい道も迂回だらけ・・・。
とにかく早く着きたい一心で裏道を通り続けましたが、まだ未確認の道のようで、隆起・地割れ・液状化に倒れた壁や倒れた木。
隆起した道はパンクしそうで恐る恐る乗り越えて進みます。
途中、報道陣に道を塞がれ、全く動けず、やっと通れたかと思うと次はカメラが邪魔して曲がれない・・・
焦っても仕方ないという気持ち半分と、運転しながらも何度も揺れ、車が横転するのではないかという恐怖の中、心臓バクバクで1時間50分かけグランメッセ熊本に到着しました。
(このとき、国道三号線を通ると3時間かかったそうです。裏道で正解でした)

グランメッセに到着すると他の出展者の方達の顔を見て安心し、このときはまだ『わ〜ヘリが飛んでる〜!』とか『昨日怖かったね〜今日はまだ余震あるけど、明後日1日だけとかイベント開催できないのかな〜?』とかまだ前震とは気付かず、大変だったと話しながらもワイワイ搬出しました。
他の出展者さんの所も鏡が倒れていたり、洋服が床に落ちていたりといった感じだったので、簡単に整理して会場を出ました。
お店がなかなか開いていないため、持っていたおにぎりを何人かで分け、tear.dropさんにジュースを買っていただき、また会おうね〜!!と笑顔で別れました。

そこから益城の奥へ。
道は渋滞し、傾いた住宅を見て唖然としている方や家の片づけをされている方達を多く見ました。
祖母宅につくと地面は割れ、周りの家は崩れ、今夜どうやって過ごすかを外で話している人たちがたくさん。

祖母の話しを聞くと・・・
布団に寝てテレビを見ていたら急に揺れだし停電した。真暗な中這って逃げた。暗くて方向が分からなくなり、頭の後ろをさっと何かがこすったから、じいさんの遺影が落ちてきたと思った。
懐中電灯で照らすとタンスだったからびっくりした。
との事でした。
祖父・曾祖父・曾祖母の遺影が飾ってあったのですが、全て落ちずにブラーンと三つ垂れ下がっていました。
きっとじいちゃんが助けてくれたんだね。
・・・と涙ながらに話しをしながらも、話している途中も揺れる揺れる・・・
とにかく八代に連れていくよ!!と祖母を車に乗せ、叔母・叔父・いとこたちと別れました。

八代へ帰りたくても益城の橋は全て使えず、東区に入りやっと使える橋があったので、そこから八代へ帰りました。

八代へ帰り、震度3〜4程度の余震の中、馴れてきたので平気で夕食・お風呂。
夜になり少し回数も減ってきていた感じで、地震の報道を見ながら眠りにつきました。(きっとエネルギーをためていたんでしょうね・・・)
誰も終わりと言っていないのに、徐々に終わっていくという思い込み・・・。
話しを聞くと皆そうだったようです。

地震から1カ月の私

この記事を書いている今日は2016年5月15日。

過去の生地ばかり書くと心配をかけると思い、途中ではありますが今の状況をお知らせします。

とりあえず身体は元気です。
昨日は朝まで眠れました。この一か月間、朝まで眠れたのはたった1日でしたが、昨日で2晩目。余震の来なかった(気付かなかった)状態で目覚めた朝は気持ち良く幸せです^^
頭痛薬を飲む日も減りました。

心の方は・・・
皆そうかもしれませんが、余震が長く来ない時間があると『どんなに大変でも頑張る!』というやる気が出てくるのですが、また強めの余震があると『やっぱり無理。家族の側に居たい。頑張れない』という一日の中でも気持ちが変化してしまう不安定ぶりを発揮しています^^;
でも話してみると皆そう!色んな人と話しながら、息抜きの時間も取りながら、不安が薄れていく日を待ちたいと思います。

少し時間が経った頃、今日の記事を見て、『私、暗っ!全く前向きじゃないじゃん!こんなナイーブな事ばかり書いて恥ずかしい〜!!!』と笑いたいと思います^^

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辛くても涙も出ない日々を送り、アドレナリンMAXだった状態は抜け、余震に怯えながらもちょっとした事で涙ぐんだり、他県ナンバーの災害救援と書いてある車に胸が熱くなったり、東北の方達が『五年前の恩返し』と言って下さることに涙したり・・・
父の実家が大変な状態なので、それを考えると辛くて辛くて・・・

災害の映像を見て思い出して辛くなって涙ぐんだり。

Coco me`reの生地を作って貰っている会社の担当さんから『カットサンプル在中』と書いてある箱を開けたらお菓子が入っていたり、Coco me`reの生地を扱ってくださっている夢の服地たかいさまから保存がきく食品をたくさん頂いたり、振込金額が違う?と思ったら、『何かに役立ててください』とメッセージが届いていたり、いつものお客様からフェイスブックメッセージ・インスタのメッセージ・メールを頂いたり、同業者であるネットの生地屋さんやパターン屋さんから連絡を頂いたり・・・皆様に嬉し涙を頂いています。

そして、作品投稿ページに画像付きのメッセージを頂いたり、インスタで『ココメールさんにエールを送ろう』と書いてある記事を見て、夜一人で号泣したり・・・
落ち着いたら、見つけた記事は印刷して家宝にしますので皆さん消さないでください〜(;_;)
なかなかゆっくり時間が取れないので、落ち着いたら皆様にお礼が言いたいです!!

うまく表現できませんが、私、一人じゃないです。
きっと、私が思っているよりももっとたくさんの方が心配してくださり、想ってくださっているようでした。
過去に戻れるなら、予約を送り終わったらこのままそっとお店を閉めても大丈夫かも。なんて一瞬でも思った私を叱りたいです。

店舗にも亀裂が入り、傾きがあります。
このような状況で熊本では”趣味”に費やする時間やお金を確保出来る人が少なく、きっとネットショップをしていなかったら、地震後すぐに廃業していたと思います。
更新も出来ていないのに、ネットで注文してくださる方もたくさんいらっしゃって、『いつでも良いです。いつまででも待ちます』とメッセージを頂いたり・・・
店頭は暇でも、仕事はたくさんあります。
地震の3日前に終了した予約販売では、過去最多の予約を頂きました。
地震でお店のお休みを頂いている間に生産は進み、余震の回数が減ってきたGW明けに商品が入荷しました。
このスケジュールは本当に奇跡のようです。

これが通常販売でたくさんご注文を受けた後だったら・・・
予約は受けたけど、工場への発注がまだだったら・・・
色々と考えました。
本当に本当に、奇跡のスケジュールで皆さんに生地をお届け出来る段取りが出来ました。

このような災害に遭ってもお仕事がある事、皆さまに支えて頂けている事を強く、強く実感しました。
この地震で人の温かさに触れる事ができ、無駄な経験ではなかった、そして大切な経験だったと思いました。

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熊本の経営者の方とお話しさせて頂き話したこと。
『続ける事。』
この地震で、たくさんの方がお店を閉め、たくさんの方が職を失いました。

大規模な災害には補助金等の制度が発表されますが、全壊・半壊の場合のみです。
一部損壊とみなされると地震保険は保険金額の5%出ますが、地震保険がかけられるのは『住居のみ』で、店舗にはかけることができません。

という事は、店舗の一部損壊には、何の補助もありません。
(台風等の保険には入っていて、商品にも保険をかけていますが、地震保険というものが特殊で、住居にしかかけられない決まりがあります。)

何もしてくれない大家さんで、地震後に始まった雨漏りのみ対応してくれましたが、生地に湿気は大敵なので、亀裂だらけの店舗は補修・移転のどちらかを選択しなければ長く使うことは出来ません。

まだまだ問題は山積みです。
でも頑張ると決めたので、前に進みます。
たくさん苦労もすると思います。でも、これは絶対に乗り越えます。

Coco me`reに限らず、『これからも頑張って続けていく』と決めた熊本・大分のお店を応援してください。
店舗が被害に遭っていないお店でも、『取引先が減った』『買い控えが起きている』『人が来ない』等の声が聞こえます。

余震が続く中、今すぐ来てくださいとは言えませんが、阿蘇〜大分への大自然は、熊本に住む私でも感動するきれいさで、澄んだ空気が気持ちよく、季節ごとに楽しめるものが違います。
熊本城には今は入れませんが、下にある城彩苑は熊本の物が沢山で歩きやすく、新しいけど趣もあり楽しめます。
皆が『街』と呼ぶ熊本市街地も活気を取り戻してきました。
天草の海鮮丼・イルカウォッチングも通常営業されています。
八代市にはなかなか自慢できるところはありませんが、日奈久温泉の泉質はとても柔らかく癒されます。
日奈久=日奈久断層というイメージがあるかもしれませんが、日奈久には大きな被害がなく、通常営業されています。
”日奈久”という風評被害に悩まれている宿泊施設がたくさんあるそうです。

余震が落ち着いたら是非、大分〜熊本までの南下旅行を楽しまれたり、熊本の物を購入していただいたり、応援してくださると嬉しいです。

そして既にたくさんの応援・ご支援を頂いた皆様、本当にありがとうございます。
お礼もなかなか上手く言えずに過ごしています。
落ち着いたら是非皆様に改めてお礼のメッセージをお届けしたいです。

一日でも早く余震が終わりますように!!

4月14日前震〜4月15日朝

今まで大きな災害で被害に遭われた方などは、読みたくない事もあるかと思います。
辛い事を思い出してしまう事もあるかもしれませんので、不安な方は以降読まれないことをお薦めします。

4/14(木)
AM10:00 益城町にあるグランメッセ熊本に出発。

いつもの私→
実は毎回搬入は夕方^^;朝からバタバタと準備をして、ギリギリの時間に滑り込み、棚をガチャガチャっと組み立てて適当に置き、翌朝並べなおしたり追加をしたり、レイアウトを変えます。

この日の私→
前日に準備を済ませ朝から出発。早く着いたのでゆっくり荷物を運び棚もキレイにセッティング。倒れたら危ないな〜と思いながらL字に並べた2m程の生地の棚4つを紐で結び、更にその先にあるテーブルへ固定。
遠目で見ると棚の上にはジャガードが目立っていたので、『今の時期に冬っぽいかな?』と感じ、ジャガード・キルト等重たい物は全て下2段に、後は天竺などの軽い50cmカットを上の方に並べて帰りました。

いつもより早く準備が出来たので、いつもより早く保育園・学童の迎えに行き自宅でご飯。

21時26分、私は一人お風呂から上がり脱衣所にいました。
パパが子供達に『もう寝た方が良いよ〜』と声をかけているのが聞こえた瞬間、大きく揺れ、目の前の棚が波を打つように揺れているのが見え、必死に右手は壁・左手は棚を押さえる突っ張り棒状態の自分が居ました。

揺れがおさまったのかおさまっていないのか、まだフワフワしている状態でスマホの緊急地震速報。
震源地が近いと揺れの方が先に来るのを初めて知りました。

怖いけど裸で出るわけにもいかず、キレイに拭けないまま慌てて服を着て、髪も濡れたままリビングに。

それからはずっと揺れている状態で、何度地震が来たかわかりません。

テレビをつけると、震度7 益城町との情報が・・・。
両親にも電話したいけど繋がらず、回線が混み合っているようで電話は使えませんでしたが、ライン電話だけは繋がる状態。

ライン電話で家族と連絡を取り合い一安心しましたが、長く繋がらなかったのが、益城町総領に住む祖母・叔父・叔母・いとこ達。
やっと連絡が取れ、涙ながらに叔母が『じいちゃんが守ってくれたよ。ばあちゃんが寝ていた布団にタンスが倒れて、真暗な中奇跡的に倒れていないタンス側に逃げてたから大丈夫だよ。家の中はグチャグチャだから、益城町保健センターに避難したよ』と。
泣きながら話を聞き、でも皆生きている事に少しだけほっとしました。

2階は揺れるので、皆でリビングで寝よう(これは間違いだと後日知りました)とリビングに布団を敷き、寝ようとするけどもちろん眠れず、家族で余震に耐えながらテレビを見ていると、グランメッセのイベントの企画会社の方から連絡があり、明日からのイベントの中止のお知らせがありました。
搬出についてはまた明日連絡しますとの事でした。

もういつ何度鳴ったか記憶にありませんが、スマホの緊急地震速報の履歴の記録です。
2016/04/14 21:26 八代市 震度5弱(最大震度7)M6.5
2016/04/14 22:08 八代市 震度4  (最大震度6弱)
2016/04/14 22:38 八代市 震度4  (最大震度5弱)
2016/04/15  0:03 八代市 震度5強(最大震度6強)

速報が鳴らない地震の方が圧倒的に多く、前震が起こってから朝7時までの地震の回数は検索しましたところ115回との事でした。5分に1回は揺れているというような状態で一睡もできず夜を明かしました。
地震酔いがひどく、ずっとフワフワしている感じで頭痛・めまい・吐き気、不安から来ていると思いますが頻尿になり辛い夜でした。

朝になり、余震は続いていましたが、徐々に間隔が開き、自分たちの不安が減ったところで益城にある父の実家へ連絡。
停電・断水で周りの店も開いておらず、高齢の祖母が心配との事で、朝から非常食・紙コップ・紙皿・水を買いに。
会う人会う人、『台風じゃないのに今買い込むと?笑』みたいな感じで、『いやいや〜イベントも中止になっちゃったから益城に届けてくる〜!』みたいな、不安な夜を過ごした割にはまだ、今からおさまるという余裕感も少しありました。

我が家用にもパンを一袋とカップ麺を少し。
物不足に陥るなんて、全く思っていませんでした。

この夜に本震に襲われるのに・・・

お願い

今まで大きな災害で被害に遭われた方などは、読みたくない事もあるかと思います。

辛い事を思い出してしまう事もあるかもしれませんので、不安な方は以降読まれないことをお薦めします。

災害はいつどこで起こるかわかりません。
防災意識は高くないと思われている方に読んでいただければと思います。

また、個人の見解ですので、今回の2016年の熊本地震の全ての地域に当てはまることではありません。
国の政策も災害によって異なるようですので、個人の日記と思い興味がある方に読んで頂けますと幸いです。

もっとひどい地域がある、もっと辛い思いをした人がいるという事はわかっております。
ただ、今後またもしどこかで起こってしまった場合の支援の参考に少しでもなれば・・・少しだけでも誰かの役に立てば・・・そんな気持ちで日記としてゆっくりと書かせてください。


東日本大震災では、とにかく何かしたい!行政を通すより、お客様に直接お送りした方が早いかもしれない!!という思いからすぐに動きました。
出来る限りの事はやってきたつもりです。
毎年3月11日の仕事はまずは募金から。
ずっと忘れず、これからもずっと出来ることをしていくつもりです。

東日本大震災程の大きな被害はなかったのに、自分の周りに起こると全く”支援する側”には回ることが出来ませんでした。
自分の防災意識の低さに大きく反省しつつ、本日、前震の日から1カ月を迎えました。

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